> 練習日と場所
【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
詳細は入会案内へ!
> フォロー中のブログ
> 拳友会誕生の経緯
拳友会が、どうして芦原会館と正道会館の同好会になったのか?
フルコンタクト空手界の事情に詳しくない方も居られると思いますので、拳友会に関係するフルコン界の流れを整理してみました。(文中敬省略)

昭和36年 9月 芦原英幸、大山道場(極真会館の前身)に入門。
昭和39年 3月 初段を取得。
昭和42年 3月 大山館長の命により四国の愛媛県へ支部作りに単身で向かう。
昭和44年 1月  石井和義、極真会館四国支部芦原道場入門。
昭和45年 6月 八幡浜に道場完成 。
昭和50年~    漫画「空手バカ一代」や映画「地上最強のカラテ」等で空前の空手ブーム、この頃より各地に支部道場が出来はじめる。
昭和50年 6月  石井和義、22歳でナンバ大阪球場にて極真会館芦原道場大阪支部を設立。以後大阪を中心に京都・神戸・岡山・奈良・姫路・堺へと支部道場を広げ関西地区総責任者となる


(この頃に龍谷大学に支部が出来たと言う認識でしたが、もっと後の様です。大学で武道系クラブと言えば普通OBなど縦の繋がりが強いものですが、拳友会では全く無頓着で、設立当時のOBと面識の全く無い我々には、詳しい設立の経緯がわからないのでした…まぁ知らなくても誰も気にしていませんでしたが…)

d0182021_131744100.jpg

↑※珍しい極真会館 芦原道場の道着です。

昭和50年11月 芦原門下 二宮城光、極真全世界大会3位入賞
昭和52年11月 芦原門下(大阪支部)中山猛夫、極真全日本大会準優勝
d0182021_10432685.jpg

昭和53年11月 二宮城光、極真全日本大会優勝
d0182021_16333262.jpg

これは準優勝の時の写真?でも格好いいので載せました。
d0182021_19343521.jpg

表彰式にて。空手衣の帯下にマジックで「芦原道場」とアピール。上の中山師範の表彰写真でも見受けられます。

昭和54年 1月 芦原道場松山本部道場オープン
d0182021_18394188.jpg

昭和55年 6月 石井和義、極真会館芦原道場を退館し、正道館を設立

(この辺りの事情は、石井和義氏著・「空手超バカ一代」104頁をご参照あれ)
昭和55年9月 芦原英幸、極真会館を永久除名処分となる。
  新国際空手道連盟芦原会館を設立。


(昭和55年、大きな動きがありました。芦原会館設立に伴い、龍谷大学同好会は新国際学生空手道連盟に加入したのです)


昭和56年11月 正道館、大阪市北区に正道会館総本部を設立し名称を正道会館と改める。同時期、多数の関西地区の支部・大学同好会が正道会館へと移籍。京都支部長・伊藤浩久が正道会館へ移籍。
(芦原会館、正道会館設立から約1年後、またまた大事が起こりました。京都府下にあった龍谷大学同好会は影響をマトモに受けて分裂…したものの、空手着の胸刺繍が変わっただけで相変わらず大学の第8トレーニング室で一緒に稽古をしていたのでした)

www.logsoku.com
コレ↑書かれてるエピソード面白いです。どれも実際に有ったっぽいです。


[PR]
by osaka-kenyukai | 2001-01-04 00:00 | 拳友会とは?