> 練習日と場所
【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
詳細は入会案内へ!
> フォロー中のブログ
> ⑥ 正道会館、極真全日本に参戦か?
89年、石井館長が格闘技雑誌上で
「極真全日本に選手を送り込みます。しかも正道トップクラスの選手を大挙」
と言う記事が出ましたが、正直言いますと
「それは無理やろ~、リップサービスやで~」と思っていました。

89年の全日本大会、勝利者インタビュー中佐竹選手が
「もっともっとみんなで精進して、極真の大会に出たいと思います」
と発言されていたので、
「あれ?本気?」と期待しましたが…
当時、極真空手は大会をオープントーナメントとして他流派にも門戸を開放していたものの、基本的に極真会館から離脱した流派の受入は拒否。永久除名と言う重たい処分を課した芦原英幸氏の元・門下であり、初期の全日本大会のポスター・パンフレットのデザインが極真空手のソレに瓜二つで(学生時代、正道K支部長宅で見せてもらったことがありますが、ソックリでした)訴えようとの声も内部にあったと噂される正道会館ですから。
加えて、分裂前の巨大組織だった極真会館は、全日本の出場枠128名をハイレベルな自流の選手だけで埋められるほど層が厚かったのです。

ですから秋の極真全日本に正道会館が不参加と報道された時も別に驚きもしませんでした。
ただ、正道会館からは出場申込み書がキチンと極真会館には送られていたそうで、挑戦の意思はホンモノ?と期待させるものはありました。

しかし、にもかかわらず参加が認められなかったのは極真側の発表だと
「多数の申込み書の筆跡が全て同一人物のものと思われ、選手本人の参加意思が確認できない」
「訂正された書類が到着した時には既に応募〆切を過ぎていた」


一方、正道側の言い分として正道全日本にも参加経験のあるプロレスラー・松永光弘氏がブログで佐竹選手に直接聞いた話と紹介していたのが
「参加申込書が、間に合わんから、ファックスで送ったらファックスじゃ駄目だと言うし、送ったけどもう駄目や言うし、訳わからん」

と、実にモヤモヤさま~ズな結果となったのであります。

結局翌年に大阪で開催された極真全日本ウエイト制大会正道会館勢は出場しました。各階級に正道会館の一線級選手が出場していましたが、柳沢選手角田選手は出ていたのに佐竹・川地両チャンプの姿はありませんでした。
佐竹選手は自著の中で
「極真ウエイト制に参加申し込みをしたけど、参戦拒否された」と言っておりますけれど、
他の選手が出場出来て佐竹選手だけ拒否されるなんて事は考えにくい気がします。

まぁ川地選手は証券マンとして多忙を極めていたようですし、佐竹選手はこの時期ドン・中矢・ニールセンとのキックルールでの対戦が迫っていたからかも知れませんね。

もう一つ不透明なのが、この年を含めて3年間、正道会館勢は極真全日本ウエイト制大会に参戦しましたが、結局全日本大会への出場はありませんでした。大阪で開催されるウエイト制は主催が関西本部で、本部の意向が届かなかったのだ、と言う説がありますが、真相はわかりません。

結局、正道会館勢の全日本参戦は分裂後の極真・松井派のみとなってしまいました。全盛期に2大流派の激突が見たかったな~…残念!

さて、次回はウエイト制観戦記を!
[PR]
by osaka-kenyukai | 2001-12-31 20:15 | 社会人空手する!の話