> 練習日と場所
【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
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> やはり野生の嗅覚なのでしょうか?
先代館長が何故か
「今年はメディアに出るから!」
と宣言された1986年。
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それ迄も
「色んな所から取材の申し込みはあるが、ほとんど断っている。」
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今はまだ時期ではない、と沈黙を保っていたのに、何故この年だったのか?は今でも謎です。この頃、新日本プロレスはゴールデンタイムに放送されていてメジャーな存在でありましたが、83年のIWGPで猪木選手がまさかの失神KO
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したりタイガーマスクが引退
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した後は迷走状態にあり、古くからのファンを裏切るような出来事がたくさん起こっていました。まだプロレスは真剣勝負か否かが熱く議論されていた時代、リアルな戦いを渇望するファンが支持したのは新日本が迷走の中で産み落としたUWFでした。
新日本プロレスと業務提供してゴールデンタイムに登場したUWF勢は、前田VSアンドレ
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の様に噛み合わないが故の魅力と、前田VS藤波、
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高田VS越中
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の様に従来のプロレススタイルと上手くスイングする試合で多くのファンを獲得しました。シューティングと呼ばれるスタイルが支持され、プロレスのリングにも真剣勝負待望論が湧いていた様に記憶しております。
そんな時代の空気を読んだのか、アントニオ猪木氏は久々にボクサーとの異種格闘技戦を発表します
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が、とんでもない凡戦。一方ダブルメインイベントとしてUWFのエース・前田日明VSドン中矢ニールセンの試合は緊張感をはらんだ好勝負に。
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まぁ今見ると両者の力量に疑問符はつくものの…とにかくこの一戦が評判となって、打撃系・組技系の格闘技に注目が集まり、プロレス週刊誌を出していた出版社から誌名に「格闘技」を冠した月刊誌が創刊されるのです。そして更にゴールデンタイムや大晦日に地上波で放送される時代を迎えるわけですが。
芦原会館はこの時期、門下生が増えたと思われます。審査会の参加者が回を追う毎に増えていきましたから。私が見た最高受審者は400名!
審査を受ける人数だけで、です。
「ブッチャーを殴ろうと狙ってる」
ぐらいプロレスは好きではなかった様に言われる先代館長ですが、この時代プロレスから格闘技ブームが来る、と読んでいたのでしょう。



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by osaka-kenyukai | 2016-06-16 23:19 | 活動近況「結構鍛えてます」