> 練習日と場所
【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
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> 考察最後 正道会館
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そしてそして正道会館。確か前田比良聖氏・二宮博昭氏
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は空手歴で言うと石井館長より先輩に当たられるようです。このお二人のうち、どちらかが館長となっても良かったのでは?
でもそこは組織作りに長けていると言うコトで石井氏が館長になられたのでしょう。前田氏・二宮(博)氏は空手が続けられれば自分が長でなくても(後輩が館長でも)全然気にしないって事なんでしょうね。空手は続けるけれど、芦原館長と一緒には…という状況だったのかな?
一年後に関西地区の門下生が大量に正道会館へ移籍した件ですが、空手超バカ一代の記述が事実だとすれば(ですよ)、芦原英幸氏に対して疑問を抱いた関西地区の指導員クラスの人が移籍した、と考えれば納得です。
この時期、関西の各道場に中山師範が足を運ばれて
「正道会館になるから」
とお話しされたと言う書き込みが結構見受けられました。
あるスレには、
「審査会で先代の口から正道会館に関するホントの話しをされた」
と書かれていますが…。ヒットマン事件にしても、色々尾ひれがついてるみたいですし、結局真実は当事者じゃないとわかりませんよね。
結局のところ人が増えれば自然と派閥が出来て、嫉妬の感情も湧いてきて分裂しちゃった、と言うところなんでしょうね。
一般の道場生には選択の余地など無かったでしょうし。
「この道場は正道会館になります。」
と言われても、どうしようもないし、館長が違う人でも、教えてくれる先生や仲間、稽古場所が変わる訳じゃなし。K支部長の様に伊藤師範に憧れていたので付いて行ったら正道会館になってた、現・京空会代表の様にどうしても芦原館長の下で空手をやりたくて芦原会館に残った、結局誰に付いて行きたいか?が決め手であって段位上げるとか金銭云々で行き先決める人は居なかったんじゃないのかなぁ?
でも残念なのは
「芦原先生にも石井先輩にもお世話になった。どちらも選べん。」
と言って空手そのものを辞めてしまった人がいるということ。そう言う人ほど空手の技量も人間性も優れたりしてるんですよねぇ…。


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by osaka-kenyukai | 2016-07-16 06:30 | 活動近況「結構鍛えてます」