> 練習日と場所
【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
詳細は入会案内へ!
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> 関西外大 同窓会 より引用
http://www.kansaigaidai-dousou.jp/people/jpn/satake.html
続いて佐竹氏の記事引用です。
14歳という少年時代に空手の道を志してからは、一心不乱に練習に打ち込んできました。正道会館時代も
「佐竹は練習しない」
みたいな言い方をされることがありましたが、自分一人で練習するのが性に合っていましたから、実は陰で人一倍練習していました。
大学に入ってからは、道場に通うお金も当然必要になってきますので、アルバイトは結構しましたね。でも、例えば引っ越しのアルバイトの時は、わざとエレベーターを使わないで荷物を持って階段をかけあがって体を鍛えたり、夏場はプールの監視員として水中で毎日蹴りの練習をしたり・・・。
「監視員が暴れている」
と子供が事務所に苦情を持ち込んだこともありましたが、そんなことはお構いなしで練習を続けていましたから、近所の子供たちからは"空手マン"という名誉なあだ名をつけられましたね。(笑)
でも、そのくらい正道会館の空手チャンピオンになるために、暇さえあれば常に練習していましたね。だから、練習で消費したエネルギーを補うために、昼食はいつもA定食+B定食+C定食+うどんといった具合に、食堂の机いっぱいに広げて占領するのが日課となっていました。今思うと傍迷惑な話ですが、当時、これはこれで名物になってたんではないでしょうか。(笑)大学の4年間はずっとクラスのメンバーが同じだったので、クラス全体がなんだか家族のような感じでとても楽しかったのを覚えています。

大学卒業後の進路に関しては、一般企業への就職が決まっていたのでそちらへ進む選択肢もあったのですが、あえて茨の道である空手一筋で生きていこうと心に決めました。とにかく自分自身、何ができるのか、どこまでやれるのか、見当もつかないスタートでしたが、まっすぐに生きる姿勢だけは貫き通そうと心に決め、この道を歩み始めました。ただ皮肉なことに、まっすぐに生きようとすればするほど、様々な紆余曲折を経験することになったのもまた、事実でした。

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レアな写真が記事に貼られていました。おそらくは86年の第五回全日本大会の表彰式後の写真だと推察いたしますが。試割り判定で今西選手(写真左?)を破ったものの、前年に続き決勝で川地選手の牙城を崩せず、憮然とした感じであります。
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by osaka-kenyukai | 2016-08-27 01:30 | 活動近況「結構鍛えてます」