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【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
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カテゴリ:メンバー紹介( 1 )
その① 代表紹介
まずは代表の私から。
プロフィールで嘘はつかずにどのくらい盛れるか?
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に挑戦してみました(笑)。

【盛った自己紹介】
1965年生まれ。16歳より独自に身体を鍛え始める。20歳、新国際学生空手道連盟・芦原会館 龍谷大学同好会に入会。同時に龍谷大学実戦空手同好会・拳友会の会員となる。入会から2年10ヶ月で芦原空手の創始者であるケンカ十段こと故・芦原英幸氏
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より直々に黒帯を授かる。3回生より卒業まで同好会主将を務める。
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また、龍谷大学・拳友会所属として正道会館新人戦にも3大会連続で挑戦。いずれも緒戦で強豪選手と当り(対戦相手の結果 ①回目 準優勝 ②回目 3位 ③回目準優勝)惜敗。試合を観戦していた中山猛夫師範から激励の言葉をいただく。
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大学卒業後は就職で社会人として研鑽の日々を送っていたが鍛錬は継続。28歳の時、芦原会館・関西本部所属で、分裂前の極真会館主催・92年全日本ウエイト制大会(参加人数400名超の最大規模で開催)
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に出場した人物が立ち上げた『関西最大のネットワーク・空手道フェニックス』に参加。自ら選手として白蓮会館全日本、正道会館全日本、極真ウエイト制(大山派・極真連合会)、極真大阪城杯に参戦すると同時に後進の育成にも積極的に参加。
なお、この時期の対戦相手は
【白蓮会館】
大野 英章:98全日本大会 軽中量級 優勝 現・九州本部福岡、佐賀支部長
平木 博仁:03全日本空手道選手権大会 中量級 優勝 
04世界空手道選手権大会 中量級 優勝  現・池田支部長
吉田 憲一:05全日本大会 軽量級 優勝 現・八尾北、茨木支部長
成田 知巳:09全日本大会 軽量級 優勝 現・鶴見支部長
【正道会館】
村尾 健司 :03全日本大会 中量級 優勝
05全日本大会 軽重量級 優勝
【新極真会】
角田 好弘:90栃木大会 優勝
05全関東大会シニア45歳以上50歳未満軽量級(70kg未満) 優勝
など強豪揃いである。
98年より『フェニックス』の稽古仲間であった現・大空會の田中代表と大手スポーツクラブからのオファーを受け、空手教室を開講。
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以降施設閉鎖までの10年間、インストラクターとしてのべ約2万人を指導。
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大会でも会員が好成績をおさめる。
2000年に自身の研鑽の場として大阪拳友会を設立。2015年には全関西大会にて同門決勝対決が実現するなど日々進化している。
主な戦績は
2004年 正道会館 全関西マスターズ軽・中量級 準優勝
2000年 極真連合会 大阪城杯夏の陣 軽量級3位
1998年 極真連合会 大阪城杯夏の陣 無差別ベスト8

いかがですか?盛れば盛れるものです(笑)。
では真相をこちらで…
【裏の自己紹介】
16歳より独自に身体を鍛え始める、と言っても部屋で腕立て・腹筋・スクワット各30回から50回を始めただけ。もっとも現在ではそれすら日課ではなくなってます。ま、2浪したおかげで大学に入る前に基礎体力はつきました。
芦原会館 龍谷大学同好会に入会。これはホント。大変光栄なことに審査会では故・芦原英幸氏に直々に審査していただいたのだが、歩みの遅い亀でした。同級生の最短黒帯取得の審査回数は
① 白⇒緑 ② 緑⇒茶 ③ 茶⇒黒 でしたが、私は
① 白⇒黄 ② 黄~黄 ③ 黄⇒緑 ④ 緑⇒茶 ⑤ 茶~茶 ⑥ 茶⇒2か月保留で黒
と、2倍時間もお金もかかっております。

主将に任命されたのも事実ですが、これは送金などの事務仕事が一番向いていそうだからと言う理由で選ばれたのであり、空手の実力があったわけではありません。一時期、茶帯(私)が黒帯の前で基本稽古の号令をかけるという珍光景が龍大では見られました。

大会に出て緒戦で強豪選手と当たったのは事実ですが、逆に言えば初戦で対戦相手が調子を良くしてしまった、バッティング投手の役目を果たしたのではないか、と言う説が現在では有力であります。

試合を観戦していた中山猛夫師範から言葉をかけていただいたのはホント。芦原会館だと名乗ると『松本クンによろしく!』と言われるも、新人戦に出て中山師範からよろしく、となどと松本氏に言える訳もなく、松本氏芦原会館から離れてしまわれたので未だに伝えられてません。

大学卒業後も地味に鍛錬はしてました。自宅で腕立て150回×4セットを毎日やって、とうとう疲れ果てて仕事中に指に力が入らなくなり、目玉クリップが開けなくなったこともありました。馬鹿です。
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28歳の時、フェニックスに参加。代表は分裂前の極真ウエイト制に出場。極真会館がこれだけ分裂してしまった今、この実績だけは絶対に越えられないのであります。悔しい!
『関西最大のネットワーク』とは、何を指すかは代表に聞いて下さい。

相変わらず大会では早い回で強豪と当って早々に観客となっていました。
しかし、白蓮会館さんの全日本では錚々たるメンバーとあたっていますね。これは誇りであります。でも皆さん、私と対戦した後に王者になられてますね。白蓮さんの大会で上位に行きたい人は、私と戦うと優勝出来るかも?(笑)

過去に正道会館の村尾さんと試合した、と言うと今でも
『よく死にませんでしたねぇ』
と言われます。
現・新極真会角田 好弘さん。年齢も近くて、試合後に
『いつまで試合に出るんだよ?って周りから言われて困ってます(笑)』
なんてお話しをされてました。まだまだ頑張っておられる様ですね。

現・大空會田中代表と大手スポーツクラブで空手教室を開講。これは一つのターニングポイントになりましたね。10年間会員さんの協力もあり、非常に楽しく勤められました。もっとも本業で残業になる事が多く、途中から私の出席率が中山師範並みになってしまい、田中代表におまかせばかりでしたが。
のべ約2万人を指導…一回レッスン最低10人参加×1日2レッスンで20人。週二回だから40人/週。一月4週だから160人/月。12ヵ月が10年続いたから160人×12ヵ月×10年で19,200人、約2万人。のべ人数ってこの計算でよかった?う~ん、芦原道場に於ける石井館長の実績(公称のべ5万人!には及びませんが。
大会でも会員が好成績をおさめる。これは事実ですが、すべて会員さん本人による努力の賜物です。

2000年に大阪拳友会として道衣を作ったものの、参加予定の人が関東へ転勤になるなどで人が集まらず、実質2014年まで一人で活動してました。トホホ…。

入賞歴はホント(リンクも貼ってるし)ですが、1勝1敗1不戦勝で入賞と言う、『いいの?』って内容も有ります。残るのは結果だけ、とは魔裟斗選手の名言ですが、まさにその通り。

真実はこんな感じでも、ウソをつかずに盛れるものですネ。
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by osaka-kenyukai | 2016-01-01 00:00 | メンバー紹介