> 練習日と場所
【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
詳細は入会案内へ!
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カテゴリ:連載:拳友会遊戯( 108 )
序・空手始めて四半世紀経ちました
はじめに…
早いもので、最初に空手着に袖を通してからアッ!と言う間に25年が過ぎました。25年と言えば、オギャーと産声を上げた赤ん坊が昨日隣に座ってたキャバクラのお姉さんのように、美しく魅力的に成長するに充分な年月なのでありますが、私の空手の腕前はちっとも上達していないのであります。
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※芦原会館東京本部(西山道場)の看板選手、小林由佳さんは1986年生まれだそうです。輝かしい戦績で現在二段!私の入門が1985年ですから、私は彼女が生まれる前に芦原空手に入門したことになるのですが、トホホ…

それでも社会の荒波にもまれ、度々ブランクを挟みながらも今現在も健康で空手を続けていられるのは大変ありがたいことです。
つたない作文レベルの文章であり、龍谷大学拳友会の良き同期、先輩、後輩及び大阪と横浜在住の空手仲間にのみ向けた、内輪向けの内容ではあります(だからツマンナイかも)が、大山総裁が逝去されて以降、何か元気のない現在よりも、マイナーな存在でありながら間違いなく輝いていた80年代後期のフルコンタクト空手黄金時代の思い出を飽きるまで綴って行きたいと思います。
煩悩の数、108章で4年間を振り返りましたが、校正ミスを修正しながら当時の写真などもアップ出来るものは上げていきます。

なお、以下の物語は「空手バカ一代」がそうであったように事実を下敷きにしながら様々なエピソードを面白おかしく少々脚色いたしておりますことを念頭に置いて進んでください。
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(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:59 | 連載:拳友会遊戯
入門前その① きっかけは…
キッカケはフ○テレビ!なんてフレーズが何年か前に有ったみたいですが…
人が何かを始めるには必ずきっかけと言うモノがあります。
とても人様に自慢出来る様なもんではありませんけれども、当時を思い返してみます。

絶対無理!」と言われた進学校に奇跡的に滑り込み、運よく高校受験をクリアした私は、入学早々遊び呆けて勉強についていけなくなり、暗~い毎日を送っていました。

たとえ勉強が出来ずとも、長身のイケメンだったり、スポーツ万能であったならば自信も持てたのでしょうが、中学から帰宅部で運動(特に球技)が苦手だったモノですから、全く救いがございません。色白で貧弱な、ブル○ーカーの広告漫画のようなひ弱な少年でした。
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日ペンの美子ちゃんと同じく、少年マンガ誌に必ず載っていた広告マンガ。

今でこそ、この風貌から「学生時代はヤンチャだったんでしょ~」などと言われてしまう私ですが、とんでもございません!

そんな暗~い毎日を送っていた年が明けた正月、映画好きだった私はテレビで「燃えよドラゴン」を観てしまったのです。ブラウン管の中のブルース・リーは強く、メチャクチャ格好良かった!
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※高校時代は単純に格好良さに憧れていましたが、大人に成るにつれ1970年代前半にハリウッドで東洋人が主役を演じると言うのがいかに凄いことであったかに気付きました。東洋の偉人!

映画を観終わった私の頭に、あるアイデアが閃きました。「そうだ、筋トレをして筋肉を付けよう。そして大学に行って武道系のクラブに入ろう。
なぜボディビルではなく、武道(格闘技)をやろうと思ったのか?それは武道系なら「段位」が貰えるからなのでした。

「君はいい身体をしているけれど、学生時代何かスポーツやってたの?」
「はい、○○道を少々…」
「ほぅ、段持ってるの?」
「(胸はって)ええ、初段です(弱いけど)」
「へ~、すごいねぇ」

ウン、格好いいじゃん… あぁ、今思い出しても恥ずかしい… 何と不純な動機でありましょうか?「ケンカに強くなりたい」の方がよっぽど純粋な動機ではないですか。

何にせよ、「燃えよドラゴン」を観た晩からさっそく腕立て・腹筋・スクワットを始めました。ブルース・リージャッキー・チェンに加え、当時新日マットを席捲していた(初代)タイガーマスクに夢中になりました。

ちなみに勉強は頑張らなかったので、人並み以上に浪人をし、お陰で大学入学までに自宅で筋トレがたっぷり出来たのでした。
(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:58 | 連載:拳友会遊戯
入門前その② 「芦原ケンカカラテ入門」
ブルース・リーに憧れてから、香港映画に関する本や梶原一騎さん原作の漫画を読むようになったので、「空手バカ一代」を通してケンカ十段・芦原英幸の名前は知っていました。ただアレはあくまでも漫画・劇画の中の話。
そう言えば「プロレススーパースター列伝・タイガーマスク篇」の中でタイガーの正体について、「もしかしたら芦原英幸かも知れない。猛虎があだ名の添野義二などピッタリかも…」ってセリフが有りましたよね?先代館長や添野館長が、虎のマスクを被ってリングから場外の覆面レスラーにブランチャを…う~ん 想像すると、なかなか凄い光景でありますが(笑)
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※奇跡のツーショットですが、芦原館長の表情が硬い。あまりプロレスがお好きではなかった様です。

大学受験も間近に迫った高校三年のある日、意外な雑誌で芦原館長の実像と出会ったのでありました。
我々が中学⇒高校の頃、女優の薬師丸ひろ子さんが大人気でした(もちろん私も写真集を購入するぐらい大ファン)。映画にしか出演せず、人気絶頂期なのに受験を優先して芸能活動は一時休止、所属する角川が発行する月刊誌「バラエティ」にのみ登場すると言う徹底ぶり。
同級生が買ってきたその「バラエティ」誌を薬師丸さんの記事目当てでパラパラと捲っていると、モノクロ記事(だったと思います)が眼に留まりました。

「芦原ケンカカラテ入門」
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この取材記事、なかなか紹介されることが無く、幻だったのですが最近とあるサイトでアップされているのを偶然発見しました!1983年の発行です。その記事から印象に残った所を抜粋。

①「普段のケイコでも自然石割りなんかやるんですか」
 芦原館長「いやいや、こんなことしないですよ。 石割るんだったら、カナヅチで割ればいいんだからね」

②「そんなカラテのケイコじゃあ、ケガする人も多いでしょ」
芦原館長「いえ、一人もいないのが自慢ですよ。 だいたいケガして強くなるなんていうんだったら二階から飛び下りりゃいいんだから」

③三月末に講談社から出る「実戦! 芦原カラテ」を見てみたらいいと思う。「誰でもできる」っていうのがまたアブナイ。
芦原館長「その本読んだら道場になんて来ることないよ。 みんな出てるから。 読んでもっと強くなりたい人だけ来ればいい」
「じゃあ、その本を熟読したら、もうケンカはバッチリですね!!」
芦原館長「やめといた方がいいよ」
あ、やっぱりね。

芦原館長「じゃあ、最後にビールビン割りの技だけ教えましょう。 誰でもできるやつ」
押忍!! お願いします。
芦原館長「まず左手にビールビンを持って、目の高さまで持ってくる」
押忍!!
芦原館長「そしたらその手を離しなさい。 ビンは床に落ちて割れるから」
このかわし方よね。


⑤「ウイリー・ウイリアムスみたいなデカい外人とやるのって、やっぱり恐かったりしないんですか?」
と訊くと、無口な二宮城光さんは「向こうが恐いんじゃないですか?」 と一言、いたずらっぽい目で笑った


いかがでしょうか?決して強がらず、ちょっと人を食った様なスカシ方が強く印象に残りました。
「誰にでもできる」ってフレーズが既に使われていたんですね。
高校を卒業し、予想通り浪人生活に突入した私は、予備校帰りに受験参考書ではなく、「実戦!芦原カラテ」を紀○国屋書店で購入したのでありました。
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※よく売れたようで、私が手にしたのは2版でした。ちなみに紙質は何故かその後発行された版やパート2、パート3よりかなり悪いバージョンです。
(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:55 | 連載:拳友会遊戯
浪人時代① 何処にあるのか?芦原会館
1983年、高校を卒業して難波・大阪府立体育館近くの予備校へ通う浪人生となった私は、空手道場へ通う月謝も、入門する勇気も持ち合わせていませんでした。

思い切って購入した「実戦!芦原カラテ」の巻末には、全国の道場一覧がありまして関西本部が難波にあることを知りました。
所在地は、「大阪球場スポーツパレス内」 とのこと。   
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※何度か道場の場所は移転したようです。

「予備校の近くじゃないか。よし、一回見学に行ってみよう。」午後の授業をエスケープし、大阪球場の周りをグル~っと一周してみましたが、在るのは古書店街と卓球場。空手道場らしき場所は全然見当たりません。その後も、授業をサボっては古書店街でブルース・リーのレアな中古本を漁りついでに芦原会館・関西本部を探したのですが、結局見つけることは出来ませんでした。関西本部が、大阪球場のすぐ横を通る南海電車の高架下に在ると知ったのは、それから2年経った春でした。

浪人2年目の秋頃、「実戦!芦原カラテ2」とビデオ「スーパーテクニック・芦原空手」が発売されましたが、ビデオデッキは当時大変高価でまだ持っていなかったし、入門もしていないのに技術書を買う事は、彼女もいないのにHot Dog Press のS○X特集を買うのと同様に大層恥ずかしく思えて、購入は見送りました。
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※最近は女性ファッション誌で同様の特集が組まれているようですね。時代は変わった。

一方、この浪人時代に同じく難波にて偶然に正道会館の存在を知ることとなったのです。
(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:50 | 連載:拳友会遊戯
浪人時代②正道会館との出会い
浪人時代、難波の旭○書店にサイン会の告知がありました。
『実戦 正道カラテ 出版記念 ベニー・ユキーデ サイン会』
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※実際のユキーデは、自分と変わらないくらい背が低かったです。翌年の暮れ、映画『スパルタンX』で熱くさせてくれました!

ユキーデと言えば、プロレススーパースター列伝佐山サトル選手が蹴りの習得に目覚めた、格闘技大戦争で米国勢のエースを務めた選手。
当時『実戦 正道カラテ』と同じ出版社から技術書を出していた関係で、サイン会が開催されたようです。予備校の授業を終え、見に行きました。(本は買わなかったので、サインは貰えず、見物しただけでした)
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※プロレス技、つり天井が準備運動と紹介されている(笑)名著!

その後は梅田に移動して、正道会館勢と実技デモンストレーションがあるとのことでしたが、そちらは不参加。今思えば行けばよかった!

ユキーデ、マーシャルアーツとどう言う関係かわからなかったけれど、この時に正道空手の名前を知りました。(もっとも、しょうどう空手だと思っていましたけれど)
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二度目の浪人生活の秋、改装前の大阪府立体育館の周りに正道会館全日本大会のポスターが貼られているのを見つけました。
『あ、ここで正道空手の大会やるんだ』
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そして後日、テレビ欄の深夜時間帯に『カラテ』の文字を見つけ、正道空手の大会を初めて目にしたのでした。1~2回戦は派手なノックアウトの連続で、腰上8本ルールの為か蹴り技が多く見られ、正道空手強し!と強く印象に残りました。
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決勝は川地雅樹選手今西靖明選手の間で争われ、延長延長の大激戦になりましたが、強く印象に残ったのは、今大会がデビューと言う佐竹雅昭選手と、顔面パンチを受け、顔を縫ったまま戦う角田信朗選手の2人。
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後にリングスにプロ選手として参戦し、K-1の顔として活躍した二人は当時からスター性があった、と言うことなのでしょう。
(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:49 | 連載:拳友会遊戯
大学時代① サクラサク
入門前の話が長くなってしまいました。
何はともあれ1985年、20歳にして目出たく大学に合格いたしました。入学と同時に武道系クラブに入門! したかと言うと、相変わらずグダグダと日々大学に通うだけの私でありました。
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※我が母校の正門です!立派!もっとも私の在学中は門だけだったような?

85年当時、大学は「キャンパス」と呼ばれ、人気のサークルと言えば「夏はテニス、冬はスキー」毎週末には合コン三昧、女子大まで勧誘に出かけて出会い放題… そんな時代でしたから何も慌てて武道系サークルに入る必要はないや、と。
まして大学の体育会系クラブと言えば

①先輩・OBには絶対服従
②服装はガクランまたはブレザー
③髪型は坊主
④酒の席では一気飲みを強要され、
⑤耐え切れずに退部する場合は可愛がりor多額の退部金が必要


…ってイメージしかなかったのですね。そこで、慌てて入らずに先に武道系に勧誘されて行った同級生の様子を見てから決めよう、と思ったワケですよ。
ある日、少林寺拳法部に入部したブルース・リーファンである同級生のW君に尋ねました。
私「クラブどう?」
W君「うん、先輩も優しいし、拘束も全然きつくないよ。服装も自由だし。」
私「でも、髪型ボウズじゃん?」
W君「俺は高校からそうなの。先輩に強要されたわけじゃないよ。」
私「う~ん、だったら入っても大丈夫そうかなぁ」
W君「大丈夫、大丈夫。一緒にやろうよ。」

そうだなぁ、同級生がいたら安心だよなぁ、ブルース・リー=少林寺拳法だもんな(大間違い)
心が80%少林寺拳法部入部へ傾いていた頃、大学の掲示板にB5サイズの小さな手書きイラストのポスターを見つけたのです。
「STREET FIGHT ASHIHARA KARATE 芦原カラテ同好会」
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※この写真をイラスト化したモノでした。(続く)
 
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:30 | 連載:拳友会遊戯
大学時代② 龍谷大学 芦原空手同好会
長い…いつになれば入門するのだろう… でも、ホントに入門するのって、勇気がいるんです。また、入会してからも初心者の内は稽古に行こうか休もうか 心の葛藤は続くんですけどね。その話は後ほど…

家に戻って「実戦!芦原カラテ」の最終ページを開きます。ページ右下に「新国際学生空手道連盟一覧」…あ!あった!龍谷大学!ニセモノではなく(失礼)会館公認の同好会でした。
稽古は週3日、月・水・金曜の午後3時から。場所は体育館一番奥に位置する、第8トレーニング室(通称8トレ)
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※体育館全景です。教室より体育館にいた時間の方が長かったなぁ…

さぁ早速見学だ!水曜日午後イチの講義を終え、体育館へ向かいます。しかし、第8トレーニング室の黄色い鉄製の扉は硬く閉ざされたまま。「中で何をやっているんだろう?そう言えば、極真空手の道場は、見学不可って聞いたことあるなぁ。」見学禁止なんだろう、やっぱ無理か… チキンな私はスゴスゴと体育館を後にしました。

翌日、テレビでボクシングの世界戦がありました。日本拳法出身の王者を見て、「やっぱり男は強くないとアカン。明日もう一回体育館へ行こう。」

明けて金曜日、もう一人入会を強く決意させる人に会いました。体育館に向かう途中、前からボロボロに色褪せ、肩口の破れたブルーのTシャツに空手ズボン、ランニングシューズ姿で黙々と走ってくる男の人。その上半身は鍛え上げられた筋肉で覆われていました。
「リアル・ケンシロウやん」
それが感想でした。そして、その佇まいから伝統派空手ではなく、フルコンタクト空手の人だと確信しました。(体育会系空手部の人がTシャツやランニングシューズを履くことはなかったから)8トレに到着し、今度こそ思い切って黄色い鉄扉を開いたのであります。

(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:29 | 連載:拳友会遊戯
ついに芦原会館に入門
ゴゴゴゴ…
思い切って第8トレーニング室(通称8トレ)の鉄扉を開けると、8名の空手着姿の男たちが一斉にに鋭い(そう見えた)視線をこちらに送って来ます。
「あの~、練習見学させて欲しいのですが…」
恐る恐ると声をかけると、
「あぁ、いいですよ。こっちに来て座って待ってて下さい。」
あれ?何か言い方がソフト。
稽古開始時間の3時まで15分ほど有ったため、周囲を見渡すと8トレは…

●手前半分が板敷きのフリースペース
●奥半分はウエイト機材(バーベル、プレート、ベンチ台等々)がたくさん
●サンドバッグが2本、入口横にぶら下がっている
●サンドバックの隣には天井からロープ登り用ロープ(新日プロにあるヤツ!と思った)
●壁にはチンニング(懸垂)用のバー


強くなる為の要素が溢れてる、夢のような空間でありませんか。
改めて部員たちを観察しますと、一人が黄色帯で、後は全員白帯。後で聞くと白帯の7人はこの4月からの入会で、2回生が2人、1回生が5人。それまでは4回生3名(うち合気道部と兼部が1人)黄色帯の2回生が1名だったとのこと。
非公認同好会ゆえ、部員勧誘もままならなかったけれど今年は2回生の先輩が手書きポスターを作製して掲示したところ、自主的に7名の入部が有ったそうな。ポスター効果恐るべし!
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※認定同好会の証である会館旗。(コレは新しい2代目のデザインだそうです。龍大の旗は初代のデザインでした)
同好会が無くなった時、処分される所を後輩が大学に事情を説明して返却してもらったそうです。後輩は現在も芦原会館に在籍し、この会館旗を守ってくれています。感謝!


しばらくして、当時の主将であるI先輩が登場しました。
「I先輩、見学者です。」
「おぉ~、今年は凄いなぁ~、どないなっとるんや(笑)」

どうやら85年は新入部員の当たり年?
空手着に着替えるI先輩の身体は、さっきのケンシロウ先輩ほど厚みはないものの、鍛え上げられた見事な逆三角形であります。帯は茶帯(2級)。早速I先輩の号令で準備運動から稽古が始まりました。基本、移動、サバキ… うん、そんなにキツそうな内容でもない。
稽古も終盤にさしかかった頃、Tシャツ姿のさっきのケンシロウ先輩がトレーニング室に入ってきました。同好会のみんなが「押忍」と挨拶しているから、やっぱりこのクラブの人らしいのですが…
ところがケンシロウ先輩は一息つくと一人サンドバッグに向かい、一向に練習の輪に加わりません。何者なんだ?あの人…

合同稽古が終わって、自主練習に入ったところでI先輩が近付いて来ました。
「どうやった?」
「はい、おもしろかったです。入会したいです。」
「そうか~。はい、じゃぁコレ入会誓約書とパンフレットね。」
 
あぁ、入会してしまった…入会申込書に必要事項を記入し、I先輩に渡しながらケンシロウ先輩のことを尋ねてみた。
「え~と、あの人は一緒に練習しないんですか?」
「あぁ、彼は正道館やねん。」

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え?正道館?正道空手のクラブもあるのか、この大学は!
d0182021_1057450.jpgだったら正道会館の話もちょっと聞いてみたかったな…と正直思ったけれど、何はともあれ1985年の5月の終わりに、私の空手修行が幕を開けたのであります。
残る稽古日は週明け月曜の一回だけでしたが、キッチリ5月分の会費を徴収されました。

(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:25 | 連載:拳友会遊戯
入会はしたけれど…
私は1985年の5月の入会から、1989年3月に大学を卒業するまで芦原会館に在籍していました。
ただ、当時関西の支部で稽古されていた方々はおそらく「そんなヤツいたの?」って思われている事でしょう。

お恥ずかしいことに、念願の芦原会館に入門したものの、あくまでも大学のサークル活動であると言う、コレまた後ろ向きな姿勢の私は、極力道場へは出向かなかったのであります。

志を高く持っていた私以外の同期生たちは学校での練習を終えた後、滋賀・京都南・奈良・関西本部など各々道場へ通っておりました。

正道会館勢も、大学で15時から稽古をし、7時から河原町へ出向いて京都道場で2~3時間みっちり稽古を重ねていました。

さらに我々世代の部員は、恒例の本部夏合宿に「金ないから」と言うトホホな理由で4年間誰一人参加していません。お陰で後に別の大学同好会(積極的に活動されていた)のリーダーから「龍谷大学は、道場に稽古に来ない、本部の合宿には来ない、○○しない、××しない、云々かんぬん…どうなっとんねん」とお叱りを受ける始末。
我々と入れ違いで入学した後輩世代は、きちんと道場稽古も本部合宿にも参加していたとのこと。
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※稽古はもちろん、夜の宴会の趣向を凝らした各支部の出し物が楽しかったそうです。
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今思えば、通常会費の半分(一般道場生は学生4,000/月のところ、大学同好会は2,000/月でした)で「芦原空手第2の聖地」と呼ばれる関西地方でたっぷり稽古が出来て、各支部の支部長の方々も「いつでも来てよ」と歓迎ムードだったのに全く勿体無いことをしたものであります。
あの頃に戻れるなら、心を入れ替えて修行に励むのでありますが、時間旅行は叶わぬ夢。
ただ、あの時やりきった感が無くて満たされていないからこそ、今現在も空手を続けているのだ、と言うのは都合のよすぎる解釈でしょうか?

取り敢えず、入会当初に2つの目標
「途中でクラブを辞めないこと」
「在学中に黒帯を取ること」

だけは達成しよう、と心に決めたのでありました。
(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:20 | 連載:拳友会遊戯
登場人物紹介
本題に入る前に、当時の拳友会の主だった登場人物を整理しておきます。

本当はもっとたくさんの人達と楽しく練習していたんですが、エピソード的に面白いネタを持っている人に絞りました。ネタを思い出して、追加で登場して来る人もいるかも知れません。
イニシャル表記にしようと思ったら意外と重なる苗字のメンバーが多かったので、イメージで仮の名前をつけておきます。

【4回生】
●ケンシロウ先輩(正道会館)
:先に書いたように、入会のキッカケとなった先輩。寡黙で筋肉隆々で、大会入賞暦もあり…と言う印象が半年あまりで大きく変わるのでした。
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2回生】
●クロベェ先輩(芦原会館)
:元チェッカーズのドラマーに似ていると言うことで。勧誘ポスターを作った当時黄色帯の先輩で、拳友会イチのお洒落でした。
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【1回生】=同期
●ラオウ(芦原会館):北斗の拳の登場人物の中でラオウを敬愛し、「我が生涯に一片の悔いなし」を信条とする男。空手の面白さを教えてくれた、恩人であります。
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●和尚(芦原会館):実家のお寺を告ぐ為、真宗学を学びに京へ上った九州男児。ラオウが剛の組手なのに対し、柔の組手。(剛も強い)
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●達也(兄)と和也(弟)(共に正道会館):有名なラブコメの主役の様な一卵性双生児。決して兄弟で一人の女の子を取り合うとか、兄の方が出来が悪いとか、弟が途中で死ぬとか言うことはありませんので、あしからず。
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●ミャークン(芦原会館):思い返すと意外と学生時代は接点が無いのですが、所々出て来ます。社会人になってからの方が良く稽古してるかな?
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こんなに可愛くは無いんですがね。脱力加減がこんな感じで、緊張と言う言葉が最も似合わないと言うか…

他にもお世話になった人、楽しいエピソードを持っている人が順次出てきますが、まずはこの辺で。
(続く)
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by osaka-kenyukai | 2001-12-31 23:15 | 連載:拳友会遊戯