> 練習日と場所
【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
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後輩諸君、後はよろしく!
4回生となれば同好会活動も実質引退です。一学年下で唯一芦原会館の残っていたアラタが次期リーダーとして拳友会を引っ張っていくこととなりました。まぁ私の引継ぎったらいい加減なモノでありまして、
「アラタ、今日から前で基本やって。」
「押忍、今日からですか?」
「そうやで。ヨロシク。」

で、稽古あと
「先輩、どうでしたか?」
「う~ん、あんな感じでいいんじゃないの?それとコレが芦原会館のパンフレットと、入会申込書と、会費の送金明細と、審査の申込書な。あ、これ本部から送ってきたポスター100枚。全部校内に貼るように。んじゃ頑張って。」

てな調子でありました。
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※本部から送っていただきました。「リーダーが変わりましたので、次回からはコチラの住所にお願いします。」とアラタの住所を本部へ連絡したら、彼の家と私の家の両方に届いてました。大量にあったのに、何処へ行ったんだろう…?

さて25年たった今年、アラタから意外な告白が。
「リーダー交代の時にね、ラオウ先輩から手紙もらったんですよ。会員も少なくなって大変だと思うけど、頑張って拳友会を引っ張っていってくれ、って。」
あれあれ、何なの、そのいい話?
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※こんな可愛い後輩のワケがない(笑)
そんな中、新入生が入って参りました。見るからに運動経験の無さそうな細身の青年でした。聞けばご両親とも非常のお堅い職業の方で、これまで勉強一筋で来たので確かに運動らしい運動はやった事が無いとか。しかし大学入学を機に一念発起し、心身共に強くなろうと実戦カラテの門を叩いたのだそう。趣味は音楽(を聴く事)、しかも見かけによらずメタルが好きだ、と。メタル好きなアラタが速攻食いつきます。
「ほんま?自分メタル好きなん?やった~、このクラブなメタルファン一人もおらんくて、俺寂しかってん~ ほんで、誰のファン?」
立て板に滝の様な勢いで一気に捲くし立てます。
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さて、そのメタルくん驚くほど体力がありませんでした。
就職活動が一段落したある日、4回生連中が久々に練習に顔を出した時のこと。
ラオウメタルくんに基本を教えておりました。基本稽古を一通りこなすのも難しいメタルくん。途中休憩の時にラオウが一言。
「アカン、力入れる、力抜く、が出来ない奴にどうやって教えたらいいか、俺わからん」
本当にスポーツらしいスポーツをやった経験が無いそうです。
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上段受けがどうしても上手く出来ないメタルくんにとうとうブチ切れたラオウ、キックミットを手にするや、
「こうされたら どうするねん!」
と、手刀打ちの要領でメタルくんの頭めがけてミットを振り下ろします。いや、いくら何でも芦原会館の指導マニュアルを逸脱した教え方です。結局全員がゆっくりゆっくり一つ一つの動作を教え、ついに審査会の日がやって来ました。

「実戦芦原カラテ3」発売以降、ますます増えている芦原会館門下生。難波道場は速攻酸欠状態です。
メタルくんが最初の基本審査に挑みます。途中、いつもの様に芦原館長が受審者の間に入り、解説をされていた所、ちょうど芦原館長の隣にいたメタルくんが、疲労と緊張のピークにあったのでしょう、まるで朝礼時に貧血で倒れる生徒のようにフラ~っと崩れ落ちたのでした。すかさず芦原館長が抱きかかえ、メタルくんは頭も打たず安静にその場に横に寝かされました。
館長が一言。
「だから芦原会館では稽古中の事故が無いんだよ。な?」
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※お姫様ダッコしたわけじゃないっス!
ヒネクレ者の私は、
「そんなコトあるかい。偶然傍に居ただけやん。」
と心の中で呟いたのでありますが、その後色々な道場稽古を拝見させていただいた経験から言いますと、館長の仰ることは嘘ではない、と思うようになりました。
偶然でも何でも事故がおこりそうな所にたまたま人が居て大事に至らなかったと言うのは一つの運とでも言いましょうか、道場・稽古の場としては大切な要素なのであります。
稽古中の怪我について指導者はどう考えるべきか、真樹先生「マッキーに訊け」にて答えておられますが全く同意であります。

この頃だったでしょうか、「二宮城光さんが芦原会館を辞めた」と言う噂話が広まりました。夏の合宿にアメリカから誰も来ていなかった、関西本部から二宮さんの極真時代の試合写真が全部撤去されている…そんな所から広がったのですが。 
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全日本チャンピオン、世界3位の実績に加え、人柄、稽古熱心さ 門下生にとっては先代館長に告ぐ会館№2の存在であった二宮氏芦原会館を去ったことは大きな衝撃でありました。
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後に一時代を築く三誠を続けて破り、極真会全日本王者に輝いた二宮さんは憧れの人でした。
しばらくして円心会館と言う新しい流派を設立した、との情報が届き、月刊空手道にも紹介記事が掲載されました。
芦原会館で何かが変わる?そんな前兆でした。

(続く)
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# by osaka-kenyukai | 2001-12-31 21:27 | 連載:拳友会遊戯