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【時間】第1~第4土曜日
19時~20時30分
【場所】子育てプラザ福島
4階 軽運動室
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2016年 07月 15日 ( 3 )
そして芦原道場分裂
極真会館を永久除名となり、
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芦原会館を設立した芦原英幸・先代館長
大学時代は何故除名処分になったのか、知りたくて仕方ありませんでした。
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大山倍達総裁は著書やインタビュー記事で
「すべては私の不徳のいたすところ。」
と繰り返し述べるのみ。
先代館長は、
「ある日、支部長会議に出席して『ここはもう自分のいる場所ではない』と感じた。」
と著書に書かれていただけ。もう消化不良で(笑)。
ですが、このブログを書くようになって色々と貴重な写真をアップしていらっしゃる方のおかげで何となく納得がいくようになりました。あくまで私の想像ですが…
極真会館さんは「会館のルールを守らないなら芦原氏には辞めて欲しい」と思い、先代館長は、「極真を辞めて独立しようかな~」と考えていた。空手バカ一代で大きく取り上げられた事に対する嫉妬ももちろんあったでしょう。
芦原道場オリジナルグッズ、
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ま、ステッカーぐらいは支部単位でも作りますよね。他にスポーツタオルやスポーツバッグもあったみたいですが。
しかし、入会誓約書が
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大山倍達氏宛てではなく芦原英幸氏になっていたり、会員証が
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これまた芦原道場独自のものだったり。そりゃぁ組織としてはマズイ行動ではないかと。
「入会者数を誤魔化している」
と疑われるのも、無理もないかも?ちなみに入会誓約書、会員証の書式・デザインはほぼ芦原会館のモノと変わりません。そして空手衣もオリジナル。左袖にマークを入れたのは芦原道場が元祖、と言われていますが。
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そして極真会館・芦原道場の後期のものと思われるポスター。
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な、なんと既に芦原会館の文字が!先代自ら書かれたと言う、道衣の胸刺繍の字体そのままに。
他に極真時代の松山道場を取材したカラテマガジンの取材写真に、館内に芦原会館の表記があった、と奈良支部さんのHPに紹介がありました。
そう言えば先代の著書に
「あと一年で辞めさせて欲しい」
と会議で発言した、との記述がありました。着々と独立の準備を進めておられたのでしょう。
以前は、退会の意志も無いのに突然除名になったのかな、と思っていましたが実際はお互い
「辞めさせたいな」「辞めちゃおうかな」
と思っていて、円満に話し合えればよかったのに(おそらく)感情がもつれにもつれてしまって除名と言う形になってしまったのでしょう。フルコンの世界で、円満退館があまり聞かれないのが残念です。
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by osaka-kenyukai | 2016-07-15 06:00 | 活動近況「結構鍛えてます」
ウイークポイントをいじる
先代館長が亡くなられ、お弟子さんたちの思い出がインタビューと言う形で語られていますが
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ほぼ共通して語られるのが
「恰好つけてるヤツが嫌い」
「髭が嫌い」
「早口である」
「電話の場合、自分が言いたいことだけ言って切る」
「どう思う?と聞いておいて、答えが自分の意に沿わないものだと怒る」
「押忍、としか答えないと怒られる」

と言うのがありますね。
そして人のウイークポイントをイジる。特に審査会でのコンビネーション審査、餌食になったら大変です。
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いつもと違う環境、周りの受審者は仲間でありライバル。目の前には三白眼で上目使い、血走った目で自分を凝視するケンカ十段…正気を失っても仕方ありません。そこで必死の形相でコンビネーションを行おうものなら、先代館長の餌食であります。
「おいオマエ、ちょっと皆の方向いてもう一回コンビネーションやってみろ。皆さ~ん、よーく見ててくださいね、この人スッゴイ顔してますからね(笑)」
正直、このイジリに関しては「館長、ちょっと…」と思ってました。一生懸命やってるのに。
「力んじゃダメだよ!」
と言うコトを仰りたかったのでしょうけど。
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人をおちょくるのは好きだったみたいですね。
さて、先の空手超バカ一代の様に、陰で「アイツは危ないよ」などと言われたら今までは笑って(苦笑して)受け止めていたイジリ・おちょくりも恨みに変わっちゃうかも知れませんよね。
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因みに正道会館の当時の審査会で、不動立ちの姿勢から左右の足を外側に滑らせて最終的には開脚すると言う柔軟性の審査があったそうなんですが、
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身体が硬ければ足が開かないわけで、石井館長
「お~い○○君、それは富士山か?お?みんな見てみろ!こっちはエベレストやぞ!あはは」
と仰ってましたから、スピリットは受け継がれているのでしょう。
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by osaka-kenyukai | 2016-07-15 02:02 | 活動近況「結構鍛えてます」
空手超バカ一代によりますと
極真会館・芦原道場退館の理由を、おそらく詳細に書いた最初の本ではないでしょうか?
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空手超バカ一代著:石井和義
内容を要約しますと、

故郷・四国愛媛で芦原英幸氏と出会い、空手修行に励んでいた石井少年。社会人になり、大阪へ出て会社勤めをしながら自分で稽古を続けていたある日、帰省して夏合宿に参加したら芦原氏から大阪での道場開設を半ば強制的に任されることに!
しばらく仕事と指導の二束の草鞋を履いていたものの、道場経営一本に専念し、関西地区で生徒を激増させる。そして事実上の極真(芦原道場)関西地区総責任者に。

ここまでは皆さんご存じの通り。プロフィールにはこの後いきなり 「芦原道場を円満退館」とあり、「ええ~?何でここで辞めるん?」と長年マニアを悩ませてきました。

しかし関西地区総責任者とは言え、懐に入ってくるのは固定給の11万。生活出来ない。しかし師匠と弟子の関係には労基なんて存在しない。
松山駅前にスポーツクラブを併設した本部道場ビルを建て、
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空手の宗教法人化を考えたり、ゴルフに興じたりと以前の師匠とは違う姿を見るようになり…。

八幡浜、松山の道場を開くに当たって先代の著書では金銭的にも大変苦労した、門下生が寄付してくれた、奥様は「出来るの?」と仰って涙を浮かべた、先代は「いざとなれば俺の生命保険で…」とまで覚悟した、と書かれていましたが石井館長の筆によると「税務署嫌いの師匠は、大量の千円札を銀行に預けずに私のアパートにプールし…」とか書いてます。
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しかし、どれだけ関西で道場を拡大させても、石井館長の給料は上がらず。ついに給料アップのお願いをし、芦原館長は1万円だけ給料アップを約束。しかしその直後、関西の指導員たちに「石井はカネのことを言い始めた!あいつは危ない。これからはお前達が関西を運営していけ」と言って回る。そう言われた指導者たちに話しを聞かされ結局それが決定打となり、石井館長は芦原道場と袂を分かつこととなる。

さて、これは一方(石井館長側)からの記述でありまして、真偽の判断は私にはわかりません。ただ、先代の気性からするとこういうやり取りが有っても不思議じゃないのかな~、とは思います。関西を中心に多くの門下生が一年後に正道会館へ移籍されたのも、この一件で先代に対する心象が変わってしまった地区責任者クラスの人がいたと考えれば納得できます。先代館長は人のウイークポイントをいじって笑いにするのが得意でしたし、その辺で嫌だと思われてる所もあったのかも知れません。
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by osaka-kenyukai | 2016-07-15 00:18 | 活動近況「結構鍛えてます」